太鼓櫓跡
本丸の南西側に位置し、裏御門の西に隣接する形で建っていた櫓です。
古時打櫓(ふるときうちやぐら)・伊之助櫓(いのすけやぐら)とも呼ばれています。
御時櫓と同様に時を告げていたのか、あるいは城内に登城を合図していたのか、その名の通り
太鼓台が設けられていたようです。
太鼓櫓は大正5年に本丸裏御門や武具櫓などと共に浜町の黒田別邸(現・福岡市中央区舞鶴)に移築されました。 保存を確実にするための移築でしたが、戦災によってそれらの多くは焼失してしまったそうです。 戦後、残った太鼓櫓のみが城内の別の場所に戻されました。
現在、三の丸北西側に「(伝) 潮見櫓 」と表記されている櫓がありますが、 その建物は本来の潮見櫓ではなく、裏御門脇にあったこの太鼓櫓であると考えられています。
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